07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

眠りの森 

耳を澄ましてみた その声は誰の声
口を閉ざしてみた その台詞が私を呼ぶ

耳を澄ましてみて 失くした過去と未来
口を閉ざしてみて 溢れ出す嘆きも止む

静かなる心を揺らす 静寂から気付く存在は
僕の中に もう一人の僕が

ねぇ聞こえていますか 出会うことなくても
眠るまで 眠るまで 一番に傍にいる
心を分け合う 近づいてまた離れて
眠りから 醒めるまで 私を共有して
心の闇と光 君は僕で ひとつに

耳を澄ましてみた その声は誰の声
口を閉ざしてみた その台詞が私を呼ぶ

静かに心宥めて 迷う時共に悩みながら
僕の中に もう一人の僕が

ねぇ聞こえていますか 声にならない声
眠るまで 眠るまで 耳を傾けよう
裏から表へ 代わる代わる現れて
眠りから 醒めるまで 奥で私を呼ぶの
心の闇と光 君は僕で ひとつに


ねぇ聞こえていますか 出会うことなくても
眠るまで 眠るまで 一番に傍にいる
心を分け合う 近づいてまた離れて
眠りから 醒めるまで 私を共有して
心の闇と光 君は僕で ひとつに


Asriel  「淡き夢見る宵闇ノ骸華」 より 『眠りの森』

category: 日常生活

Posted on 2037/04/30 Thu. 00:00  edit  |  tb: 0   cm: 0  

「G1 CLIMAX27」の個人的に良かった試合について 

 新日本プロレスの真夏のビッグイベント、「G1CLIMAX27」の公式戦について、一通り公式戦は見たので、各大会ごとに1つまたは複数の良かった試合について簡単に紹介しようと思います。勝敗を前提とした記述も随所に混じります。

・1日目
2017年7月17日(月) 北海道・北海道立総合体育センター 北海きたえーる
★第9試合 内藤哲也対飯伏幸太 
 飯伏が約2年ぶりに新日本プロレスのマットに復帰する事となった試合。飯伏は、G1前のインタビューで、必殺技であるフェニックス・スプラッシュの封印を宣言し、新技を開発していると述べていました。残念ながら、その技は見られませんでしたが、雪崩式のパイルドライバー等、この試合でしか見られない危険技も見られてヒヤヒヤします。
 最後、内藤のデスティーノを派手に受けて3カウントを取られることとなりましたが、飯伏の再来を嬉しく思うとともに、内藤が飯伏の一歩先を歩いているなと思った試合でした。


・2日目
2017年7月20日(木) 東京・後楽園ホール
★第7試合 SANADA対EVIL
 ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの同門対決で、G1でなければ見られないであろうレアカード。2人はシングル戦初遭遇。前哨戦のロスインゴ対決の段階から異様な雰囲気を放っていましたが、この試合でも当然仲間だからといって手を抜くわけではなく、1勝目を目指して熱い戦いを繰り広げました。

 なお、この日はメインイベントがケニー・オメガ対鈴木みのるでしたが、正直なところ、期待しすぎた感がありました。おもしろかったんですが、数年前のAJスタイルズ対鈴木みのるがベストバウト級の面白さだったので、それと比較するとどうしてもかすんでしまいます。


・3日目
2017年7月21日(金) 東京・後楽園ホール
★第7試合 飯伏幸太対ザック・セイバーJr.
 ザックは初日でIC王者の棚橋からタップアウトを奪って自らの強さを示したところですが、この試合では、「異色」の2人が混じり合うことになりました。棚橋とザックが合うだろうなというのは何となく想定できましたが、この二人についてはかみ合わないまま終わるのではないかと思っていました。しかし、そんなことはなくて、ばっちり噛みあったいい試合でした。結局、この試合で飯伏のいう「新技」は見られず、シットダウン式ラストライドで3カウントが入り、新技とは何なのか、という感じになりました。


・4日目
2017年7月22日(土) 東京・後楽園ホール
★第9試合 マイケル・エルガン対オカダ・カズチカ
 3日間の後楽園の公式戦の中では、ダントツでこの試合が面白かったです。僕はエルガン勝ちを予想したのですが、王者をあと一歩のところまで追いつめたところで残念ながらレインメーカーに沈むことになりました。オカダとエルガンの「シングルマッチ」は過去に1回あったかどうかという感じで(AJ(王者)オカダエルガンのIWGP3Wayマッチが海外であったのは覚えているのですが)ちょっと詳しいことは覚えていませんが、この二人は良く噛みあうなあと思いました。そして、エルガンの器用さがよく表れている試合だと思います。
 エルガンは今年に入ってからあまりベルト戦線に浮上できていませんが、この試合を見て、王者オカダに挑戦する資格は十分あると思いました。是非、チャンスを掴んでほしいです。


・5日目
2017年7月23日(日) 東京・町田市立総合体育館
★第7試合 棚橋弘至対永田裕志
 永田さんは今年で最後のG1を宣言してから、2連敗で臨んだ棚橋戦。棚橋の永田リスペクトと、永田さん、やっぱりまだまだ現役バリバリでいけるじゃんという印象を受ける「セピア色」と呼ぶにふさわしい良い試合でした。第10試合の真壁後藤戦も結構いいじゃんって思ったんですけど、こっちかな。


・6日目
2017年7月25日(火)  福島・ビッグパレットふくしま
★第6試合 小島聡対マイケル・エルガン
 第9試合の矢野ケニー、第10試合のオカダSANADA戦もおもしろかったのですが、僕はあえてこの試合を選びます。パワー系の2人で、ともに2敗で迎えたこの1戦。小島のパワーに負けないエルガン、エルガンのパワーに負けない小島の、小細工なしのパワー対決は、シンプルで、伝わりやすいさっぱりしたいい試合でした。


(書き途中)

category: 日常生活

Posted on 2017/08/19 Sat. 01:42  edit  |  tb: 0   cm: 0  

民事訴訟法はなぜ難しいのか 

 こんばんは。ブログの更新を随分サボっていたので、前期の試験も終わったことだし、たまには書こうと思い立って適当に書いてみることにしました。

 タイトルのとおり、今日は民事訴訟法がなぜ難しい(といわれている)のかについて、自分の考えているところを書いてみます。


1 民事訴訟法って…
 法学部出身者であれば、必ず民法の講義を一部または全部取ることでしょう。その民法という実体法を実現するための手続法が民事訴訟法です。たとえば、交通事故の被害者が、加害者に対して、不法行為を理由とする損害賠償請求権(民法709条)を行使したいとなったときに、じゃあ実際に裁判で損害賠償請求をするとなれば、どういう手続を経る必要があるのか、その裁判の判決の効力等はどうなっているのか、といったことを定めているのが民事訴訟法というわけです。
 実際に民事訴訟法の講義を受けてみても、最初の方では、「訴えの提起は、訴状を提出することで行うのね、なるほど」とか、「訴えの種類には、給付の訴え、確認の訴え、の3種類がある…」とか、まぁ何とか消化しきれる話が続くのですが…。
 ところが、既判力とか、文書提出命令とか、後半の方にさしかかってくると、だんだんと、「あれ。最初の簡単だった民事訴訟法はどこにいったんや…」となってくるわけです。そうすると、「民事訴訟法、難しいな、わけわからんわ…」となってしまいます。僕もまさにこのパターンでした(僕の場合には、確かもう少し早い段階で脱落したように思いますが…笑)。この原因は、どこにあるのでしょうか。


2 原因その1 -実体法との関係性
 民法を実現するための手続法として民事訴訟法があるように、刑法を実現するための手続法として刑事訴訟法があります。この2つの違いは、実体法を理解していないと手続法も分からないかどうかという点で、大きく異なると思います。
 刑事訴訟法は、刑法のことがあまり分かってなくてもそれなりにできるという点があります。もちろん、刑法のことを分かっていなければ、議論の前提が分からないこともあるでしょう。例えば、一部告訴の問題で、強姦罪について暴行・脅迫の部分だけを取り出して告訴ができるかという問題があったときには、強姦罪の構成要件がどうなっているのかということや、強姦罪が告訴罪であること(これは刑法改正により変わってしまいますが)などを知らなければなりません。しかしながら、実体験上、刑法のことが分からんとこの話わからんなあ~といって、刑法の教科書を読む場面というのは、あまりなかったように思います。
 これに対して、民事訴訟法の場合は、民法(および要件事実)のことを知らなければ、議論の前提が分からない場面がそこそこあるように思います。思いつく例としては、①訴訟物のところで、ある一つの事案に関して、不法行為に基づく損害賠償請求権と債務不履行に基づく損害賠償請求とが別の訴訟物を構成する(請求権競合の関係にあり、これらは旧訴訟物理論によれば、選択的併合となる)こと。損害賠償請求権が2つ発生し得ることは、民法をきちんと学んでいないと分からないように思います。②確認の利益のところでの、遺言無効確認の訴えの適法性の議論。この議論においては、そもそも遺言(相続)の仕組みを理解していなければ、遺言無効の確認をすることが、現在の法律関係を確認することなのか、過去の法律関係を確認することなのかが分からないと思います。③補助参加(の利益)のところで、保証人に対して保証債務の履行請求の訴えが提起されたときに、主債務者が保証人(被告)側に補助参加の利益を有するかどうかということ。これに関しては、保証人が保証債務を履行した場合に、(主債務者の委託を受けたかどうか等により、その範囲は変わりますが)求償権を有するのだということを知らなければなりません(これに類似した内容として、いわゆる「反射効」を巡る議論においては、主債務が弁済等により消滅した場合、保証債務も「付従性」により消滅するということを知らなければなりません)。
 ほかにも例はたくさんあります。そして、民法だけでなく、特に民事執行法のこともある程度分かっていなければならない場面もあります。このように、刑法-刑事訴訟法に比べて、民法-民事訴訟法のほうが、より実体法を分からなければ手続法が分からない場面が多いのだと、僕は思っています。
 そうすると、僕のような民法弱者は、「あれ…これそもそも民法の話だけどわからん…」となってしまい、””民事法””弱者へと転化してしまうのです。


3 原因その2 -概念そのものの難しさ
 民事訴訟法は、刑事訴訟法に比べて、「よくわからんなぁ」と思うことが多いです。もちろん、刑事訴訟法においても、訴因とか、328条の性質とか、よくわからん話は幾つかあるのですが、まだマシなように思います。これに対して、民事訴訟法は、そもそも概念が難しいものが多い気がします。たとえば、当事者適格、文書提出命令、口頭弁論終結後の承継人に対する既判力の拡張、固有必要的共同訴訟…などなど。
 そして、何より最悪なのが、原因1と2が組み合わさる場合があることです。たとえば、独立当事者参加において、債権者代位訴訟の例が挙げられたときに、最判昭48・4・24民集27巻3号596頁を読み解くとなったときには、①債権者代位(民法423条)の制度について知らなければならない、②独立当事者参加(という比較的難解な概念)について知らなければならない、③上記昭和48年判決の読み方として指摘される、「どちらかの一方が当事者適格を有しない」というものについては、当事者適格(という比較的難解な概念)についても知らなければならない。…ということになるわけです。


4 じゃあどうすればいいのか
 結論は分かり切っています。「民事訴訟法はそのものが難しいのだから、あきらめずにやること」と、「実体法である民法についてもしっかり勉強すること」の2つにつきます。特に前者。


5 結語
 僕は、学部の民事訴訟法の試験でも、院試でも、院の定期試験でも、「おっ…この答案は…””キてる””な…」という感じの答案を書けたためしがありません。だからといって、このままでいいわけでもありません。夏休みは、民事訴訟法「も」一生懸命勉強して、まずは10月の半ばにある第3回目の中間試験的なもの(民事法文書作成)で、「なかなかいい答案が書けたな」という手ごたえを掴めるようにしたいところです。

category: 法律

Posted on 2017/08/04 Fri. 23:05  edit  |  tb: 0   cm: 0  

京大ロー平成28年度講義情報 

 こんばんは。現在春休みを謳歌しています。

 久しぶりのブログ更新ですが、これといって書きたいテーマもないので、今日は1年間の院での講義を振り返って、特に基幹科目について、講義の客観的な情報や個人的な感想をまとめたいと思います。なお、授業の良かった点について言及することはあっても、悪かった点については殆ど言及しないつもりです。僕がそのようなコメントをすることはおこがましいことだと思うので…。


(Ⅰ)2016年前期

(1)民法総合1(月2)
担当:山本敬三先生
使用教材:民法総合事例演習(第1部)
当て方:ランダム(先生曰く、一定の法則に従っているそうだが…?)
マイクの回転速度:2,3回の講義で1回。
その他:先生が作成されたパワポを用いながら授業が進んでいく。授業後にはこのパワポを抜粋したものと要件事実表が配布され、復習するのに役に立つ。説明が分かりやすく、質の高いものであることは多言を要しません。授業では、基本的な事項(例えば、危険負担の制度を支える理念は何か、不当利得の公平一元論とは、類型論とはどのような理念に従ったどのような考え方であるかetc)から問題を検討するに当たっての発展的な事項まで質問される。分かりにくいことを言ってしまうと突っ込まれるし、声が小さくても苦言を呈される。民法理論は勿論のこと、実務家で大切な姿勢というものまでをも学ぶことのできる満点の講義。ただ、授業が平気で30分前後延長される(最大で51分延長された)が、素晴らしい授業であるからマイナス評価要素たりえない。

(2)刑事訴訟法総合1(月3)
担当:酒巻匡先生
使用教材:ケースブック刑事訴訟法(捜査法部分)
当て方:ランダム
回転速度:僕のときは1回だけ当たった。
その他;事前にケースブック刑訴法のうちどの問題を授業で取り扱うかを指定される。先生に当てられたら10分前後問答をすることになる。学生との議論よりも先生が一方的に喋る時間の方が相対的に多く感じた。基本的な刑事訴訟法の知識を修得していることを前提とした解説が加えられる。指定された問題を予習してこなかったり、判例を読み事案を把握しておかないとキツイことを言われるので要注意。なお、僕のときは無令状捜索・差押えが所定の14回の期間内に終わらず、補講で講義がなされることになった。ゆえに、進度はそこまではやくない。

(3)商法総合1(火3)
担当:洲崎博史先生
使用教材:会社法事例演習(第1部)
当て方:席順(横方向)
回転速度:2,3回の講義で1回。複数問解答するよう求められることもある。
その他:黒板には問題の解決をするのに必要な条文の番号をメモするのみであまり使わない。扱わねばならない問題数が多いせいか、あまり関連質問や事案を変更したような質問がされることはなく、答えたらそれで終わるということもよくある。僕は4回生のときに洲崎先生のゼミだったこともあり、先生の解説はすき。

(4)公法総合1(火5)
担当:原田大樹先生
使用教材:ケースブック行政法、先生のHP等で公開されるレジュメ・予習復習課題
当て方:席に従った規則性あり(横方向)。
回転速度:僕のときは1人2回当たった。
その他:初回を除き、授業の冒頭に前回の内容をもとにした復習課題の解説から始まる。授業はレジュメに従って講義形式で進み、途中で予習課題にうつるというもの。説明は分かりやすい。しかも時間内に終わることが多く、超過しても最大で10分程度だったので、講義計画自体よく練られているのだなと思った。先生との議論をしても、予習を大外しさえしていなければたいてい「そうですね」といって乗り切れる。

(5)刑法総合1(水2)
担当:安田拓人先生
使用教材:ケースブック刑法(わずか)、先生のオリジナル問題(基本的にはこれ)
当て方:席順(横方向)
回転速度:3,4回の講義で1回。
その他:ケースブック刑法は極めて評判が悪く、その著者の1人である先生も「ちょっとね…」と苦言を呈するものであるため、基本的には先生が事前にアップする予習課題に従って授業が行われる(その課題に数問ケースブックの設問が混じっていることがあった)。ケースブック刑法(第3版)はこの春に第3版に改訂されるそうで、こうした方針が2017年以降も継続されるかは不明ですが。で、先生の質問票は(授業で扱われるレベルの)ケースブック刑法の設問に比べたら随分難しいです(基本的な事項を問う設問がほとんどない)。解答しても、簡単に逃がすことは少なく、関連質問や反対説に立ったらどうなる?といった感じのことを聞かれます。

(6)民事訴訟実務の基礎(金4)
担当:佐々木茂美先生
使用教材:新問題研究 要件事実、民事訴訟第一審の解説、民事判決の起案の手引き、および授業用レジュメ課題
当て方:微妙な規則性あり(席順)(誰からマイクがスタートするかが気分に係っているようにみえる)
回転速度:3,4回の講義で1回。
その他:授業用のレジュメ課題に従って授業が進められる。僕は学部時代民法を要件事実を意識して(要件事実に従って)勉強してこなかったので、この授業は目新しいことが多く、大変でした。春休み期間に新問題研究だけでも読み進めておくとよさそうな気がします。授業用のレジュメ課題以外にも、架空の紛争事案を用いて請求の趣旨、請求原因等を書く「起案」という課題が2,3回の講義に1回のペースで存在し、こちらも大変。民事訴訟の実務の基礎というタイトルですが、民事訴訟法の話が中心というわけではなく、主眼は要件事実にあると思います。僕は(今も)民法が苦手なので、この授業は結構重かったです。


(Ⅱ)2016年後期

(1)刑事訴訟法総合2(月5)
担当:堀江慎司先生
使用教材:ケースブック刑事訴訟法(主に証拠法部分)
当て方:開始はランダムで席順に従った規則性あり。
回転速度:2,3回の講義で1回。複数問解答するよう求められることもある。
その他:講義の数日前にケースブック刑訴法の予習する問題が指定される。変な問題が指定されることはほとんどなかったので、変に頭を悩ませることはなかった。先生とのやりとりでは、設問に答えるだけで終わることはなく、関連質問や、他説に立った場合の検討(例えば自白の排除根拠として、虚偽排除や人権擁護ではなく違法排除に立ったらどのような解決がされることになるか)をされることが多い。この質問を通じて、この部分はこういうことだったのかと気付くことが多く、非常に有益。

(2)民法総合2
担当:山本豊先生
使用教材:民法総合事例演習(第2部)
当て方:開始はランダムで席順に従った規則性(基本的には横方向)あり。
回転速度:1,2回の講義で1回。友人の中には5,6回連続で当たったという人もいた。
その他:設問の解決に必要な事項のみならず、基本的な原理・原則部分にも質問がなされるというのは民法総合1に同じ。要件事実を黒板に逐一記載するという斬新なスタイルで、黒板を広く使う。授業終了後には潮見先生が作成された要件事実表が配布され、こちらは復習に非常に有益(ただ、「この部分は授業で説明した通り」等の記載が時々なされており、潮見先生のクラスではない僕にとっては??となるところが多かった(例として、Ⅱ-1の消滅時効の援用権者の範囲))。

(3)商法総合2
担当:斎藤真紀先生
使用教材:会社法事例演習教材(第2部)
当て方:席順(横方向)
回転速度:2,3回の講義で1回。複数問解答するよう求められることもある。
その他:基本的な進め方は商法総合1に同じ(こちらも、必要な条文を黒板にメモするスタイルであるが、洲崎先生と違う点としては、設問ごとにどういう状況・関係にあるかを図で示すことがあるくらい)。時々複雑な事項についてはパワーポイントを用いた講義がなされることがある(例として、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社のしくみについて)。説明が時々早口で聞き逃すことがあるので要注意。なお、商法総合2の部分は、もっぱら条文ゲームの要素が大きく、予習がたいへん(特に組織再編のところのⅡ-9,10,11)。

(4)公法総合2
【行政法部分】
担当:原田大樹先生
使用教材:ケースブック行政法、先生のHP等で公開されるレジュメ・予習復習課題
当て方:公法総合1に同じ。
回転速度:僕のときは1人1回当たった。
その他:公法総合1に同じ。ただ、夕方よりも午前中に見る原田先生の方がシャキッとして見えた(当然)。

【憲法部分】
担当:土井真一先生
使用教材:Case and Materials 憲法訴訟、予習レジュメ課題
当て方:席順(最前列の人が当てられる)
回転速度:7回の授業のうち、あたったのは10人ほど。講義が多い。
その他:使用教材に掲げた憲法訴訟は新しく購入したが、ほとんど使われなかった(先生が作成した予習課題でたまに登場するくらいだった)ので、図書館にあるもののコピーで十分代用可能だと思います。基本的に先生の講義で進んでいき、しかも分かりやすく、ノートをとるのが大変(学部時代もそうでした)。憲法訴訟という学部の憲法の講義では手厚く扱われない分野について、一から学べます。

(5)民事訴訟法総合1
担当:山本克己先生
使用教材:ケースブック民事訴訟法、ロースクール民事訴訟法
当て方:ランダム
回転速度:2,3回の講義で1回。
その他:1年通じて最も緊張感にあふれた科目がこれです。間違いなく(笑)。授業前に取扱う問題が指定されることはありませんが、授業の進度に応じて予習した問題の解説がカットされることがあります。授業中の解説では、基本的な制度趣旨や判例の言っていることの検討をすることはほとんどなく、高度な議論が続きます(それゆえ、民訴の苦手な僕はついていけないことがよくありました)。先生とのやりとりではまず何かしら言い返され、しかも的確に答えることが難しいようなことを聞かれます。予習も平気で6時間以上かかるなど、重たい科目でした。

(6)刑法総合2
担当:高山佳奈子先生
使用教材:ケースブック刑法
当て方:名簿(あいうえお)順
回転速度:2,3回の講義で1回。ただし、事例問題の場合は超高速。
その他:ケースブック刑法の中から比較的穏当な問題を事前に指定されます。それゆえ刑法総合1に比べたら圧倒的に予習時間は短いものでした。「判例の事案を紹介する」ために1人の生徒を消費するので、これにあたると楽チン。先生とやりとりする中ではあまり深いことを聞かれることはなく(たまーに1人の生徒が特に理由もなく集中砲火を浴びることが何回かありましたが…)。事例問題の場合はとにかく高速で、数秒しかマイクを握らない人もチラホラ(例えば、甲と乙の罪責どちらから検討しますかと聞かれ、甲からいきたいですと答えただけで、次の人にマイクが回る)。


*おまけ
労働法1・2(いずれも金3)
担当:村中孝史先生
使用教材:ケースブック労働法
当て方:前期は講義形式。後期は2年生から名簿順
回転速度:受講人数に応じるから何とも言えないが、僕は2回当たった。
その他:前期では、講義形式で労働法の全体を概説する。後期では、特に重要なテーマについて、先生作成の問題についての問い及びケースブックの問いが議論される。授業アンケートに「喋り方に覇気がない」と書かれたことについてブツブツ言っていたが、確かに話声が聞きにくいときがあるので、講義を録音するときには特に座る場所に注意をした方がよさそう。しかし、敵対勢力である同○会を叩くときだけは覇気に満ちていて、労働法の話をするときよりも楽しそうです。


 1年間、個性に溢れた先生方の授業はどれも充実したものでした。これらの先生に習う機会はもうほとんどなくなってしまい、寂しいですね。それゆえ、今は、3年生になったら何の授業をとろうかな~と悩み続けているところです。

category: 日常生活

Posted on 2017/02/22 Wed. 00:29  edit  |  tb: 0   cm: 0  

刑法177条のはなし 

 今日は刑法177条のあれこれについて少し話をしようとおもいます。が、刑法177条ってなんやねんと思う人も多いと思うのでまずは条文から紹介します。


刑法177条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。


 そう、刑法177条は「強姦罪」についての規定です!何故この話なのか、というと、実は強姦罪(も含めた刑法の一部)は近い未来に改正がされる予定なのです。

性犯罪の厳罰化、法制審が答申 刑法、大規模改正へ:朝日新聞デジタル

 このニュースを読む上で、「性犯罪の厳罰化」とはどのように捉えるべきかを2つの視点から考えてみました。


①非親告罪化
 まず、この法改正により強姦罪は親告罪ではなくなるとされています。

 ところで、親告罪とはなんでしょうか?この言葉の意味を分かるためには、刑事裁判の基本的な仕組みを分からなければなりません。現行の刑事訴訟法の下では、刑事裁判(公訴)を提起するかどうかは検察官が決定権限を握っていますが(刑事訴訟法247条)、一定の種類の罪については、「被害者が裁判によって犯人処罰を求めること」=告訴がなければ、公訴を開くことができないという仕組みになっています。このような仕組みの下にある犯罪類型を「親告罪」といいます。刑法180条1項が、「第176条(強制わいせつ罪)から第178条(準強制わいせつ・準強姦罪)までの罪…は、告訴がなければ公訴を提起することができない」と規定しています。ここから、177条の強姦罪は親告罪であること、すなわち、被害に遭った女性が刑事裁判で犯人処罰を望むという意思表示をしない限りは、検察官は勝手に裁判を起こすことができないということが分かります。

 そもそも、なぜ強姦罪等の性的自由に対する罪は、親告罪なのでしょうか。犯罪があったら裁判を起こすことで、犯人を有罪にすればよいではないかという考え方も十分成り立つと思いますが、その考え方を否定する方向に傾ける要素として、性犯罪の被害者のプライバシーというものを挙げることができると思います。すなわち、裁判をするということは、いつ、どこで、どのように犯罪が行われたのかを詳細に明かす必要があるため、過去の出来事を再び明らかにすることで、被害者に対する精神的なダメージを裁判の場で与えることにもなりかねません。確かに、事案の真相の解明と犯人処罰は刑事手続において重要な目的であることは間違いありませんが(刑事訴訟法1条参照)、犯罪被害者の保護という観点も重視されなければなりません。特に、性犯罪の被害者についてはそれが強いものと考えられるため、親告罪というかたちで、刑事裁判を起こすかどうかを被害者の意思に委ねているという制度を現行法の下で採用しています。

 この現行法下の枠組が法改正により変わろうとしています。親告罪から非親告罪になるということ、すなわち、被害者の意思に関わらず、検察官が刑事裁判を起こすかどうかを決定できる仕組みに変わろうとしています。
 確かに、犯罪被害者の保護という観点は、性犯罪においては重要です。しかし、以前から、性犯罪の被害者は犯人による報復を恐れたり、思い出したくないという理由でいわゆる「泣き寝入り」状態にある被害者が多数を占めていたと言われています。被害者が泣き寝入りするということは、犯罪者は大した処罰も受けずにのうのうと生きているというわけです。これではだめだろう、ということで、大きな方針転換に踏み切るようです。
 親告罪から非親告罪になるということは、今まで刑事裁判を起こすことができなかったような類型の事件についても検察官が裁判を起こせることになるので、「厳罰化」ということができると思います。


 個人的には、日本は性犯罪の発生率が諸外国に比べて著しく低いといわれる一方、上述のように泣き寝入りの数が相当多数にのぼることを考えれば、非親告罪化には賛成です。もっとも、今後は、従来親告罪であったことを踏まえて、刑事裁判の場において、被害者のプライバシー保護のためにどのような措置が可能か、あるいは法改正等によって実現していくべきか、ということを中心に議論していくべきでしょう。



②「強姦」のカバーする範囲の拡大
 分かりやすいように、すっごく簡単に、かつ俗な言葉で説明します。笑

 従来の刑法における「強姦」は、刑法177条を見ても分かる通り、その対象者を「女子」とし、行為の内容を「姦淫」としています。つまり、強姦の被害者になるのは100%女子、裏返していえば、男子が強姦罪の被害者になることはありえません。そして、「姦淫」とは、生殖器であるちんこを生殖器であるまんこに挿入する行為です。「女子」に対する「ちんこのまんこへの挿入」でなければ強姦罪は成立しません。これと類似の行為は「強制わいせつ罪」(刑法176条)に分類されます。たとえば、男が男をレイプするような場合や、男が女の口に無理やりちんこをつっこむような場合には強姦罪ではなく、全部強制わいせつ罪に分類されることになります。

 しかし、法改正により以上の考え方は放棄されます。強姦罪によりカバーされる範囲が大きく広がるのです。

 第一に、男性も強姦罪の被害者の対象となります。今まで男性がレイプされても強制わいせつどまりだったのが、強姦罪が適用されることになります。この適用関係が何に影響するかといえば、刑の重さです。強制わいせつよりも、強姦罪の方が刑は重いのです。
 第二に、処罰対象行為としての「姦淫」という概念を捨て、「性交等」という概念を新たに採用することになりました。この「性交等」には、通常のセックスに相当するものに加え、フェラに相当するもの、アナルでのセックスに相当するものまでもカバーされることになります。これは、第一の点、すなわち男性も強姦罪の被害者になるという点を踏まえれば、このような概念の拡張は当然のことともいえそうですね。

 したがって、強姦罪の適用される場面も拡大されるので、「厳罰化」と評価することができると思います。



 他にも改正される点で重要なものがあるのですが、僕の興味・関心の主たる部分は上記の2点にあるので思いつきでサ~ッと書いてみました。笑
 性の在り方をめぐる問題は刑法制定時に比べて多様化が進み、昔の考え方が時代に追い付いてきていないふしがあったので、今回の法改正は十分評価に値するものであると考えています。

category: 法律

Posted on 2016/11/03 Thu. 23:41  edit  |  tb: 0   cm: 0  

犯罪捜査過程における写真撮影の法的性質に関する私見(めも) 

犯罪捜査過程における写真撮影について、特に撮影対象者を人(被疑者)とする場合に、「たとえば公道上を歩行している場合に対象人物を撮影する行為(…行為A)と、住居内にいる対象人物を望遠レンズ等を用いて撮影する行為(…行為B)とを想定したときに、行為Aは任意処分、行為Bは強制処分である(として行為Bについては令状なくして撮影行為をすれば違法である)という結論自体はまぁいいとして、その理由付けには若干の理解の相違があるようです。

最判昭44・12・24は、憲法13条は「国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているもの」であり、憲法13条によって、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態…を撮影されない自由」が保障されるとしています。

ポテトチップスの袋は、山に持っていくと圧力の関係で膨張します。それと似た具合で、「場所に応じて憲法13条により保障される容姿をみだりに撮影されない自由というものが膨張/縮減するのである」と考えることができると思います。そして、他人から容姿を観察されることを受忍せざるを得ないような場所(例として公道上を歩いているような場合)においては、その自由は縮減する(保障の程度は小さい)のに対し、そうした受忍義務が通常想定されないような場所(例として自分の家にいるような場合)においては、その自由は膨張する(保障の程度が大きい)と考えたとき、前者の場合(行為A)には任意処分、後者の場合(行為B)には強制処分、という結論が導かれることになるでしょう。

しかし、それでよいのでしょうか。この考え方には根本的な発想部分に問題点があるように思われます。
すなわち、憲法13条により保障される容姿をみだりに撮影されない自由という人格的法益は、対象者がいる場所に応じて変化するものなのでしょうか。

憲法13条が保障する広い意味でのプライバシーの権利とは、個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追及して、他者とコミュニケートし、自己の存在に関わる情報を開示する範囲を選択できる権利(佐藤・『日本国憲法論』182頁)であると解されます(このような理解は情報プライバシー権だとか、自己情報コントロール権といわれます)。

個人が自らの家にいることも、家の外に出て道を歩いたりして学校に行ったり、職場に行ったり、買い物をしたりすることも全て社会生活を送る上では必要不可欠な行為です。言い換えれば、人から観察されることを受忍せざるを得ないような場所に移動し、滞在する時間というものは他者との関係を形成したり、道徳的自律としての自己の存在を形成していく上で欠かせない行為であると思います。そうであれば、家の外に出ただけで憲法13条により保障される程度が小さくなると考える(もう少し具体的にいえば、私的領域から外部に出ただけで、当該個人は情報プライバシー権の保障を解除・放棄していることを意味するのだと考える)ことは、憲法13条がハッキリと書いている、我々は個人として尊重されるという基本理念に抵触する考え方に近接してしまうのではないでしょうか。憲法13条が、自分で自分の首をしめるような解釈をしてよいとは思われません。

結局対象者がいる場所で憲法13条の保障する容姿をみだりに撮影される権利の保障の程度が大きくなったり小さくなったりするのではなく、特に対象者が私的領域にいるような場合には、私的領域への侵入を原則として否定する憲法35条により保障される自由をも侵害・制約するものであり、そのような場合には法益侵害の程度・質からしてもはや任意捜査と評価できない、という理由付けの方が説得的であると思います。

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Posted on 2016/05/12 Thu. 22:55  edit  |  tb: 0   cm: 0  

「強制の処分」(刑事訴訟法197条1項但書)についての検討 

「およそ法益侵害やその危険を伴う捜査手段については全て刑事訴訟法上に特別の根拠規定を必要とすべきである」という見解を支持するか否かについて若干の検討をしてみました。


(Ⅰ)そもそも「捜査」とは、捜査機関が犯罪があると思料するとき、犯人と疑われる者を発見・掌握する手続過程と、犯罪事実に関する証拠を収集・保全するプロセスの複合形態です(189条2項)。

(Ⅱ)そして、あらゆる捜査は、「強制の処分」(197条1項但書)を用いる捜査手段であるか否かという観点から、強制捜査と任意捜査に分類することができます。「強制の処分」とは、対象者の意思を制圧し、人の重要な権利・自由を侵害・制約するような行為であると考えられます。そして、ある捜査手段が「強制の処分」にあたるとされればそれは強制捜査であり、刑事訴訟法上に特別の根拠規定がなければ違法となります(197条但書)。他方、「強制の処分」にあたらない、すなわち任意捜査であるとされても直ちに適法であるという結論は導かれません。任意捜査であっても、多くの場合は対象者の権利・自由をある程度制約するのであり、対象者の権利・自由を全く制約しない場合(いわゆる「純粋任意」の場合)は寧ろ例外に位置づける方が妥当であるといってもよいのかもしれません。したがって、任意捜査においては、当該捜査手段は捜査の「目的を達するために必要な」限度で許容されます(197条1項本文)。

(Ⅲ)ここで、強制捜査か任意捜査かという問題について上記の「強制の処分」に該当するかどうかという基準を維持しつつ、「強制の処分」に該当する捜査手段の範囲を拡大して、「およそ法益侵害やその危険を伴う捜査手段については全て刑事訴訟法上に特別の根拠規定を必要とすべき」と考えるのはどうでしょうか。

(Ⅳ)Ⅱで述べたとおり、あらゆる捜査は強制捜査と任意捜査に分かれるため、「強制の処分」の概念を拡大すればそれだけ任意捜査の概念は縮減します。すなわち、捜査機関独自の判断と裁量で臨機応変に実行することのできる捜査手段が認められる範囲が狭まります。他方で、ある捜査手段を「強制の処分」と評価することは、①国会制定法による特別の根拠規定と②個別具体的場面における裁判官の事前審査という厳格な統制・制御を及ぼすことを意味します。

(Ⅴ)ここで、刑事訴訟法の理念というか目的について思案しなければなりません。すなわち、刑事訴訟法1条は、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかに」することが刑事訴訟法の目的であるとしています。
 刑事手続においては、1条に現れているように、(a)個人の基本的人権の保障と(b)事案の真相の究明の2つが目的とされていて、その間に調和が取れていなければなりません。人権保障と真相究明をシーソーに対置したときに、片方に傾くようでは適正な刑事手続過程の作動であると評価することはできません。

(Ⅵ)上述のように、捜査は「事案の真相の究明」のために対象者に働きかけて犯罪と犯人に関係する様々な情報を取得する活動であるため、対象者の完全に自由な意思に基づく同意・承諾を得て行うことは稀です。また、ある程度対象者の法益を侵害・制約する可能性のある捜査手段であっても、常に適法となるわけではありません。対象者の法益を侵害・制約しているのだから当然です。この場合には、事後的な司法審査にはなりますが、当該捜査手段により対象者の被った権利・自由に対する侵害・制約とそれによって達成される捜査目的の間に合理的権衡が要求されることになります(いわゆる「比例原則」)。
 そうであれば、わずかな法益の侵害・制約しかないにも関わらず全ての場合に特別の根拠規定を要求し、令状主義による統制を及ぼすことは、事案の真相の究明を軽視すること、比喩的にいえば、人権保障の方にシーソーが傾いてしまっているというようなことを意味するのではないでしょうか。

(Ⅶ)したがって、いわゆる純粋任意の場合のみを任意捜査に位置づけ、それ以外の場合、すなわち何らかの法益侵害を伴う手段を全て「強制の処分」であるとし、特別の根拠規定を要求し令状主義による事前統制を及ぼすことが適切であるとはいえないのではないでしょうか。


(参考文献:酒巻匡 『刑事訴訟法』 2015年・有斐閣)

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Posted on 2016/04/09 Sat. 20:33  edit  |  tb: 0   cm: 0